古くからの知人、もしくは俗に腐れ縁なんて呼ばれる人達との付き合い方についてふと考える。
ここ何年かで出会った人たちとの付き合いは、新鮮でさほど大したいざこざはなく比較的ナチュラルにいく。でも学生時代や古くからの知人や友人、そんな人たちとの付き合い方には自分の成長や寛容さがなければ成り立たない。その人たちといい人間関係を築いていかない限り、豊かな暮らしは訪れない。
各々の主観によって古きに編集された個は、なかなかそれを脱皮できない。固定されたイメージは、その姿を変えるのにいささか理解と寛容さが必要となる。
人は、生きていれば必ず成長する。外的圧力を受け、無意識または強い意思によってそれを内面から外に解き放つ。変化する事は成長することだ。いつまでも古い観念、美意識だけにとらわれ今というものが見えていないと個の主観による編集は、再編集できないという事だ。
まわりくどく抽象的に書いたが、つまり、変りゆくものを受け入れ自分の中で個に対する再編集を行う事こそがいい人間関係を生み出すと思うのだ。変りゆくものを温かい目で見守りたいものだ。
個の個に対する成長こそが、また希望ある未来として描き出される。Let us with up.
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