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対立

 

私は学生時代、日本史や世界史が好きだった。だから、自然とテストの点数もよかった。
 でも、今を生きる僕等にとって、どうして過去を知っていなければならないんだろう。ずっと思ってた。
 でも、ある程度歳を重ねた今は、歴史を知ること・歴史から学ぶことの意味がよくわかるような気がする。

 いにしえの昔、ギリシャとトルコは悲惨な戦争をした過去があるらしい。ギリシャ人に言わせれば、トルコと和解するなんて考えられないという。「日本はアメリカに核を落とされてもどうして和解できるのか、日本は不思議な民族だ。」と思っている。

 赤ん坊を守る時、欧米人は自分の背後に赤ん坊を携えファイティングポーズをとる。それに対し日本人は、赤ん坊を胸に抱え守ろうとする。ここに、国民性が如実に表れている。争いごとに闘争心を燃やし徹底的に闘う、どちらかというと積極的な欧米人。なるべく衝突を避けよう避けよう、物事をあいまいなままにし、うまくまるめ込もうとする、どちらかというと保守的な日本人。
 どちらが良いか悪いかなんてことじゃないんだ。

 大概の欧米人は、「対立することは大事だ。わかりあうために。」という。
 では、我々日本人はどうだろうか。皆がそういうわけではないが、なるべく対立を避けよう避けようとする傾向がある。ぶつかりあわないで、包み込むのが美徳だというのもあろうが・・・。

 
 私も、もうすぐ三十路だ。私は学生時代、もうこれ以上ないっていうほど世界が希望にあふれた経験とこれ以上ないっていうほど暗黒と化した経験をしたと思っている。かなり大げさにいえば。
 だが、これから生きていく上で待ち受けている未来は、もっと過激でスリリング、より崇高な出来事に満ち溢れているものなのだ、酸いも甘いも。それを乗り越えていくためには、臆せずして向き合いしっかりと対立していくということが、なにがしろ必要不可欠だ。例え、わかりあえることなんてないと解っていても、傷つけあうためだとしても。

 我々は、「対立」という言葉にネガティブなイメージをもちがちだが、「対立」というのはもっとポジティブなことなんだというイメージを備え付ける。

 無論、対立することに苦悩は伴い容易なことではないが、そこから逃げないでわかりあおうとする意思が相手の胸にまっすぐに届いたとき、そこにはきっと明るい情趣・癒しや光明が潜んでいるに違いない。

鼻汁滝のごとし

先日、鼻水ではなく水のような鼻汁がペットボトル2~3本は流れた。
飲んだものすべて尿ではなく鼻から流れた・・・

最近職場で、エアコンの吹きだし口付近に引っ越した。そのせいかな・・・単なる肉体疲労?!

恐るべしヒスタミン!

■アレルギー性鼻炎の仕組み
<鼻炎症状の仕組み>
(1) 人の体は抗原が入ると体を守るために免疫を作る。
(2) 鼻の図で見た場合、花粉やホコリ等の抗原を吸い込むとアレルギーを起こし抗体が粘膜に徐々に作られる。
(3) 再び抗原が入ってくると、抗体に付着して、鼻の粘膜にある肥満細胞の中にあるヒスタミンという刺激物質が飛び出す。
(4) それが神経や血管を刺激して、くしゃみ・鼻水・鼻づまりの症状を起こす。アレルギーの体質があると、花粉やホコリ等の抗原全てに反応してしまい、鼻水やくしゃみ等のアレルギー症状を起こす。
◇鼻水や鼻づまりは、鼻かぜと似た症状。
 その違いは・・・アレルギー性鼻炎はくしゃみが連発したり、鼻水とは違い水のような鼻汁が大量に出ます。

■アレルギー性鼻炎の予防策
<予防策>
* 部屋を清潔にする
梅雨の時期は、カビやダニが発生しやすくなります。掃除をこまめに行い、ダニの住処になりやすいカーペットやじゅうたんを使用しないようにする。除湿、部屋の空気を入れ換える。
* たばこの煙は避ける
たばこの煙は鼻の粘膜の刺激になり、症状を悪化させる。
* 規則正しい生活
十分な睡眠をとり、体を休ませる。栄養の偏らない食事療法。

go on

 学生時代の同級生がまたひとり結婚するしないの選択に迫られているらしい。俺の友人関係の中では第二次結婚ラッシュ。

 また、知人が大きな事故にあい、生死をさまよったらしい。

 情報が嵐のようにせまりくる。

 人はひとりで生きていないから、周りのそんな報告を受けると当然、自分の身に置き換えて考えさせられる。

 何で結婚するんだろう。愛する人とずっと一緒にいたいがため、経済的な理由のため、世間体のため、安定した暮らしをしたいがため・・・・・
 でも、昔と比べると結婚のメリットって実はすごくなくなってきている。社会のシステムがシングルであることを受け入れている。だから、晩婚化やシングルマザーなどが増えているんだろうな。

 非日常的な事にはリスクが伴って、人はそのリスクを忘れてしまいがちだな。

 
 
 自分で書いたブログを時々読み返してみる時がある。

 うわ~なんじゃこのヘンテコな文章は!うぇ、なんてクサイこと書いてんだ、俺は・・・って思うときもあれば、お!いいこと言ってんな~、Oh ! fantastic . よく書けたなこんな文章って思うこともある。
 考えや思ったことって何日も寝かせてから最終的に決断した方がいい場合が多い。そのほうが、客観的に冷静にものごとを見ることができるから。
 でも、今書いている文章はあとさき考えずそのとき思ったことをなるべく飾らないで書いておきたいと思うこともある。後で読み返したとき、ありのままの姿がみえるから。ブログに掲載する事によって全世界から閲覧可能なわけで、たまに穴を掘って隠れてしまいたいほど恥ずかしくなる時もあるが、旅なんかして広大な台地や空や星を眺めていると「ほんとちっぽけでありんこのようなことだな、俺の身のまわりに起きてる事なんて」って思うからどうでもよくなる。

 結婚という転機を迎え決断する人々。
 Oh amazing ! What a wonderful world.
 起きた事象に一喜一憂するのもいい。でも、日々は続いていく。まぎれもないこのリアルは淡々と時を刻んでいく。小説よりも奇なことが起きるリアルで、戻らない時の中、大いに活躍したい。だから、これからどんなことが起きてもそれに目を背けず受け入れ、自らそのリアルを切り開いていきたいと思う。

 この荒んだしがらみを抱えた世、でもそういう厳しさの中でしか喜びや優しさは得られない。